今度のカンブリア宮殿に登場するのはシウマイ弁当で有名な崎陽軒の社長の野並直文氏

「崎陽軒のシウマイ弁当」を食べたことがない人はいないのではないかというくらい有名である。

だが、よく考えたら、この弁当 横浜のローカル弁当である。

にもかかわらず、これほどまでに全国に広まったのには理由があるはずだ。

その弁当の秘密を握っているのが野並直文氏。

いったいどのような人物なのか調べてみることにした。

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野並直文氏プロフィール

昭和24年生まれ。

学歴:慶應義塾大学商学部卒。(同大大学院経営管理研究科修了)

経歴:

1947年 株式会社崎陽軒入社

1954年 取締役就任

1991年 取締役社長に就任

役職:

横浜商工会議所副会頭

財団法人横浜青少年育成協会理事長

社団法人横浜中法人会副会長

横浜ロータリークラブ会員

ヨコハマズ・ベスト・コレクション常任理事

横浜崎陽軒の歴史とは

崎陽軒は1908年創業の老舗である。

まだ当時は普通の駅弁屋だったが、当時通過駅でしか過ぎなかった横浜に名物を作ろうとしたのが創業者の野並茂吉氏

野並茂吉

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写真39

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シウマイと切っても切れない関係の「ひょうちゃん」にもあしらわれたことがある。

目を付けたのは横浜ではおなじみのシウマイ。

だが、冷めてしまうのそのおいしさは半減するため、それを防ぐために使ったのがホタテの貝柱とエキスだった。

そしてその販売に一役買ったのが「シウマイ娘」と醤油入れの「ひょうちゃん」。

確か当時は弁当売りが駅のホームから窓越しに弁当を販売するスタイル。

当然こうした娘さんが販売しに来たら買ってしまう親父も多かったのではないか。

このシウマイ娘の様子は小説、映画化され、全国区になったという。

小説「やっさもっさ」に登場

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さらにシウマイを全国区にしたのが2代目の社長の野並豊氏

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43歳という若さで父の跡を継いだ豊氏は「シウマイを遠隔地に持って行きたい」という声に応えるべく、“常温なら10日間、5℃以下なら1ヶ月保存可能”な「真空パックシウマイ」を1967(昭和42)年に考案。

真空パックシウマイ

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当時としては画期的な製品だった。

地方に住む我々が口にすることができたのは彼のおかげであるといっても過言ではない。

そしてさらに面白いのが「年賀シウマイ(現:シウマイ年賀状)」。

シウマイ年賀状を送られた方は「昔ながらのシウマイ15個入1箱」と交換できるというシロモノ。

果たしてこんなのもらう奴いるのかと思って調べたらやはりいるんだな。

 

そんなアイディアマンの父の後を継いだのが直文氏。

バブル崩壊後の就任だったため、崎陽軒は借入金が20億にも膨れ上がっていたという。

赤字店舗を閉鎖するなど組織を立て直し、借金をゼロにしたという。

野並直文氏は2ちゃんねらーか?

こちらのサイトによると、直文氏は2ちゃんねるをよく見ていると思われるインタビュー記事があった。

──ブログでシウマイの話題を書くとすごく反応して来るんですよ。

シウマイ弁当の2ちゃんねるがあるんだよ。オフ会なんかやってる。おもしろいよ。

なかなかこの社長、侮れない…

まとめ

番組では崎陽軒の強さが紹介される。

ローカルな弁当屋がどのように全国区になっていったのか、その秘密について知りたいと思う。