今度の世界ナゼそこに?日本人に取り上げられるのは、ホンジュラスで貧しい子供のために1つの村を作った日本人藤山森(シン)氏。

治安が最悪だといわれるホンジュラスで貧しいストリートチルドレンを救うために村を作り、その中に孤児院まで作った人物だ。

そんな国ことを全く知らないまま40数年生きてきた管理人。

平和ボケ爺と呼ばれても仕方ない。

このままでは国会前で叫んでいる馬鹿どもと何も変わらない。

いったいどのような人物なのか調べてみることにした。

SHHのボランティアたち

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藤山森(シン)プロフィール

高校卒業後、ブラジルへサッカー留学。

その後、大学に進み、ハイチ留学予定だったが、政変のためキャンセルとなり、大学が準備した大学が準備したホンジュラスの孤児院でのボランテイア・プログラムに急きょ参加することになった。

ここが大きな転機だった。

貧困にあえぐ多くの子どもたちがそこにいたのである。

ホンジュラスは軍事クーデターで国内が乱れ、さらにハリケーンによる甚大な被害を受けて失業者が増加し、それに伴う貧困にも苦しむ状況にあったのだ。

ファストフード店の警備員

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ファストフードの警備員ですら、この状況だ。

こんなもの見ながらハンバーガー食べてもうまくはない。

ただでさえうまくないのに。

 

現実を見せつけられた藤山氏の前に現れたのが、偶然帰りの飛行機に隣に座ったミルウォーキーの慈善活動家ヘンリー・オズバーン氏。

オズバーン氏は数時間前に知り合ったばかりの藤山氏に一緒に活動しようと呼び掛け、そして彼はそれに応じたのである。

 

もう神のお導きとしか言いようがない。

帰国後、藤山氏は孤児のために大学の仲間や町の人達から街頭募金を始め、五年間で十大学以上に支部を持つNPO SHHを立ち上げる。

メリーワシントン大学と地元の協力で15万ドルの寄付を集めることに成功、仲間と協力してホンジュラスに土地を購入・整地し、上下水道の整備や電気設備を敷設し、さらには五十戸以上もの家屋や学校の校舎を建設して一つの村を作るに至った。

 

藤山森の家族は?

藤山氏が結婚しているという情報はネット上にはなかった。

だが、4人兄弟(女2人 男2人)だということは明らかになっている。

そのうち次女のこすもさんはやはりホンジュラスに住んでいるという。

また、弟の我空さんはSHHの支部長として活躍している模様。

そしてその4人を育てた母あおいさんは

筆者になつくホンジュラスの孤児

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なんと300名の生徒を抱えるくもんの先生である。

まとめ

大学生だった彼がなぜここまでできたのだろうか。

それはまっすぐな行動力であろう。

藤山シンの最大の武器は、道を描く力である。たとえば経済難でつぶれそうな孤児院を守るためにお金を集めたい。大学生で何も手持ちの札のない彼は、大学で慈善団体の資金の仕組みを学ぶクラスを履修し、そのクラスそのものをチャリティ団体として機能させてしまう。

たった一人の学生がここまで自分の周りを動かした。

素晴らしいの一言である。

で、君は何をしたんだ?

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