今度の土曜プレミアムは「栄光なき天才たち」の特集。

今回取り上げられるのはスティーブ・ウォズニアックという人物。

あのアップルのパソコンの原型をたった1人で作り上げたという。

スティーブ・ジョブズではなくスティーブ・ウォズニアック。

いったいどのような人物なのか調べてみることにした。

Steve Wozniak.jpg

引用

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スティーブ・ウォズニアック氏プロフィール

生年月日: 1950年8月11日 (65歳)

生まれ: アメリカ合衆国 カリフォルニア州 サンノゼ

配偶者: ジャネット・ヒル (2008年から)

学歴: カリフォルニア大学バークレー校 (1986年卒)、 ディアンザカレッジ、 ホームステッド・ハイスクール

ジョブズとの出会いとは

エンジニアを父に持つウォズニアック氏はなんと6歳でアマチュア無線の免許を取得し、13歳の頃にはすでに自作パソコンの製作を試みていたという。

21歳の時、PCメーカーのインターンシップで出会ったのがあのスティーブ・ジョブズ氏。

まだジョブス氏は高校生くらいであったが、二人はすぐに意気投合したという。

Apple Iができるまで

ウォズニアックは、コロラド州立大学に入学するも1年で中退し、カリフォルニア州立大学バークレイ校に入ったが長くは続かず、ヒューレット・パッカード(HP)社に就職した。

1974年ごろ、コンピュータ仲間に見せた自作パソコンの評判が良く、そのマシンは、スティーブ・ジョブズによってAPPLEと名付けられた。

二人はそれぞれ商品化するためにコンピュータ会社に話を持ち掛けたが相手にされなかったらしい。

アップル社設立後

Apple Iの取引で富を得た二人は1977年に共同でApple社を設立した。

その後発売したAApple IIは爆発的なヒット。

1980年にはウォズニアック氏に創業者利益として1億ドルが舞い込んできたという。

ウォズニアック氏30歳の時であった。

アップル社退社、そして復帰

ウォズニアックは1985年、経営方針の違いなどからApple社を去った。

その後、大学に入学し、電子工学の学位を取得している。

1985年、レーガン大統領から米国科学技術メダルを、ジョブズと共に授与される。

1997年に相談役として復帰している。

ウォズニアックとジョブズの関係は?

ジョブズたち経営陣は、スーツを着て、豪華なクッションの椅子に座って仕事をするようになったが、ウォズは相変わらず安もののシャツやTシャツを着て、硬いベンチに座ってはんだごてを握っていた。

このころから、ウォズニアックとジョブズの関係がだんだん冷え込んでいく。

一言でいえばだんだん巨大化していく会社の経営を考えるジョブズとエンジニアとして開発現場に残るのを望んだウォズニアックの立場の違いから生じた軋轢ではなかったか。

その後ウォズニアックとジョブズの関係が修復されることはなかった。

ジョブズからプロジェクトをつぶされたり、会社を追い出されたりするなど、仕事上冷酷な仕打ちを受けたにもかかわらず、ウォズニアックはいまだに「ジョブズは親友」と言い続けていたそうだ。

まとめ

昔同じタイトルの漫画があり、何度も何度も読み返したことを思い出した。

名も知られることなく去っていった数々の天才たち。

この番組ではそうした『栄光無き天才たち』にスポットがあてられる。

アップルといえばスティーブ・ジョブズの名前を挙げる人が多いが、本当にアップルを作ったのは誰か?

くわしくは下の書籍を読めばわかる。

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