今度の土曜プレミアムは「栄光なき天才たち」の特集。

29歳の若さで亡くなった棋士・村山聖の物語である。

今度松山ケンイチの主演で映画化されるという。 

知らない人も多いと思うので、彼の生涯について調べてみた。

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村山聖プロフィール

兄姉の3兄姉の次男として広島大学病院で生まれる。

5歳のとき、腎臓の難病「ネフローゼ」にかかっていることが発覚。

ネフローゼとは、尿にタンパクがたくさん出てしまうために、血液中のタンパクが減り、その結果、むくみが起こる疾患。

高度になると肺やお腹、さらに心臓や陰嚢にも水がたまる。また低タンパク血症は血液中のコレステロールも増やすほか、腎不全、血栓症(肺梗塞、心筋梗塞、脳梗塞など)、感染症などを合併する危険性もあるという。

府中町立府中小学校に入学するも病状が悪化し、5年生まで国立療養所原病院に入院し、院内学級で過ごす。

だが、当時の治療法は、ただ安静にすることだけであった。

聖を慰めようと父親が教えたのが将棋。

体に障ると何度注意されても朝から晩まで指し続けた。

母には、小学館の学習雑誌、「将棋世界」などの本を持ってきてもらった。

中国こども名人戦で4大会連続優勝するなど頭角を現してきた聖は、谷川浩司が名人になったニュースを聞き、プロ棋士を目指す。

そして大阪の当時30歳の森信雄のところに弟子入りをすることになる。

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大阪で単身で暮らす病身の村山を、師匠の森が同居して親身な世話をして支えた。

村山が好きな少女漫画を求めるためにあちこちの書店を走り回ったというエピソードもある。

プロデビューは1986年11月5日。

奨励会入会からプロ入りまで2年11か月は、谷川浩司や羽生善治をも超える異例のスピードである。

風貌のイメージともあわせ、「怪童丸」の異称で呼ばれる。

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当時のライバルたちと切磋琢磨を重ね、10代でデビューした者らは新人類棋士、チャイルドブランドなどと呼ばれ、将棋界の中心メンバーとなった。

また、「東の羽生、西の村山」と並び称され期待されていたという。

1992年度に第42期王将戦の挑戦者となり、1993年1月から谷川浩司王将と七番勝負を戦う。

結果は0勝4敗。

これが、村山にとって最初で最後のタイトル戦となる。

だが、順調に順位は上げ1995年4月、A級八段まで登りつめ、名人位が射程圏となるが、この頃体調が悪化、脱力感や血尿に悩まされるなどして、持ち時間の長い順位戦では成績が振るわず、1997年春、B級1組に降級してしまう。

その直後、進行性膀胱癌が見つかり、地元の広島大学病院に入院。

手術(1997年6月16日)は片方の腎臓と膀胱を摘出するという8時間半の大手術であった。

その後、復帰戦に挑む。

この一局は病苦に耐えながら指していたとはとても思えない内容の激闘・名局として伝説化されているそうだ。

この一戦では敗れたものの、1期でA級復帰を決める。

1998年春、癌の再発・転移が見つかり、「1年間休戦し療養に専念」する旨を公式発表。

1998年3月の最後の対局を5戦全勝で終えて将棋対局の場から離れた。

1998年8月8日、29歳で死去。

日本将棋連盟はその功績を讃えて逝去翌日の8月9日付けで九段を追贈した。

A級在籍のまま逝去したのは、大山康晴、山田道美、村山の3人だけである。

村山聖の死後は

その後地元府中町では村山聖を偲んで行われている小中高生を対象にした将棋の大会が行われたり、

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2000年、その生涯を描いた「聖の青春」(大崎善生著)が出版されたり、

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2016年には松山ケンイチ主演で映画が上映される。

雰囲気が似ているなあ。

また、漫画「月下の棋士」

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の作中に登場する棋士「村森聖」、

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漫画「3月のライオン」に登場する棋士「二海堂晴信」

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は彼をモデルとしているといわれている 。

まとめ

若くして旅だった村山。

その生涯は短すぎるが、強烈な光を放っていた。

そして、今も輝き続ける。

ぜひ映画も見てみたい。