今度のアンビリバボーではインド初のメジャーリーガー誕生のドラマが放映されるという。

頭に浮かんだのは映画『ミリオンダラー・アーム』。

昨年公開されたこの映画では二人のインド人リンク・シンとディネシュ・パテルがメジャーリーグに挑戦する様子が描かれていた。

実はこの映画、ある実話を元に作られているらしい。

その実話について調べてみることにした。

ディネシュ・パテル投手とリンク・シン投手

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『ミリオンダラー・アーム』とは

2008年、スポーツ・エージェント、JB・バーンスタインは契約していたメジャーリーガー選手に離れられ、生活に困窮していた。

映画のモデルとなったJB・バーンスタイン氏

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そんな彼が「ミリオンダラー・アーム(100万ドルの剛腕)」と名打ったコンテスト形式の番組を開催することになる。

その発想が面白い。

「インドの人口は11億人なので、一人ぐらいは野球の天才が埋もれていてもおかしくない」

確かに理屈はそうだがww

コンテストの内容は

「ストライクゾーンに3回続けて時速145キロのボールを投げた者に賞金1億円!」

というもの。

なんと全国から3万人以上が集まったらしい。

だが、彼らのほとんどは、野球のボールを触ったこともなく投げ方も個性的だったという。

全国を駆けまわりJB・バーンスタインは二人のインド人を選出する。

 

選ばれたのはリンク・シンとディネシュ・パテル

一人は当時19歳だった左腕リンク・シン投手。

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もともとインド国内の大学から特待生としてスカウトされるほどのやり投げの選手だったが、「ベースボール」ということばを知らなかったほどのド素人。

そレでもコンテストでは143キロの速球を投げ、1千万円を獲得。

村一番の金持ちになったそうだ。

もう一人はディネシュ・パテル。

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身長180センチで20歳の彼は 番組スタッフに同行した元大リーグスカウトの
ポイントビント氏が声を掛けたという。

やはりこちらもやり投げの選手だった。

二人は5月に渡米し、南カリフォルニア大学で、ノーラン・ライアンやランディ・ジョンソンを育てた名コーチに特訓を受け、半年後に入団テストを受ける。

20球団のスカウトが見守る中、シンの球速が144㌔、パテルが148㌔の球を投げる。

二人の投手は米大リーグ(MLB)の所属チーム・ピッツバーグ・パイレーツの傘下であるガルフコースト・パイレーツ(Gulf Coast Pirates)に所属。

そして見事、リンク・シンは2009年7月4日に救援投手としてデビューを飾る。

 

二人のその後

その後ディネシュ・パテルは2010年にも登板するも、翌年2011年にインドに帰国。

成績は15試合、13.2イニングでルーキーリーグにとどまった。

祖国に戻った後は「ミリオン・ダラー・アーム」の際に中退した学校へ復学し、インドで生活している。

 

一方のリンク・シン選手は下部リーグで着実に成長を続けていく。

1年目(09年)はルーキーリーグ(7軍)で11試合に投げ防御率5点台。

2年目(10年)は防御率2点台に改善され、シングルA-(6軍)に昇格。

翌年11年には5軍にと順調に昇格。

2012年には72イニングを投げ勝ち星3を獲得。登板数は39試合。

着実にメジャーへの道を進んでいたが、2013年に怪我をしてしまい、復帰は出来ず2014年シーズンを欠場することが決定。

2014年には肘の手術をし、2015年の復帰を目指してリハビリに励んでいるという。

まとめ

インドのやり投げの選手がメジャーリーガーへあと一歩までとなった。

一方は帰国し裕福な生活を送り、もう一方は怪我に苦しんでいるものの、夢を追っている。

二人の人生は対照的だが、多くのインド人に夢を与えたのは間違いない。

なお、詳しく見たい人は映画『ミリオンダラー・アーム』をぜひみて欲しい。


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