今度のプロフェッショナル仕事の流儀では、時計職人の松浦敬一氏が登場するという。

もう数々のテレビ番組にも取り上げられてはいるが、時計好きとしてはやはり注目したい。

どんな人物なのか調べてみることにした。

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松浦 敬一プロフィール

1944年:広島県生まれ、64歳。

1858年:(安政5年)に創業された新光時計店の4代目。

1858年といえば日米修好通商条約の調印が行われた年。

そんな昔からあった時計店である。

松浦氏は5歳の頃から2代目の祖父に連れられ大阪への仕入れなどに同行。

手先が器用で小学生の頃には見習い職人よりも時計の分解が上手かったというから、天賦の才能があったといえよう。

今では「神の手を持つ」「伝説の時計店」などと言われ、日本全国から、メーカーなどで修理不能とされた時計が送られてくる。

現在、跡継ぎである息子 光司に修理指導中だそうだ。

 

新光時計店とは

広島県大崎下島で150年以上続く「新光時計店」。

大正5年 撮影

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創業者は、松浦 光次郎(みつじろう)。(写真右端)

それまで営んでいた米問屋をやめ、『各国時計販売所 松浦商店』 という看板を掲げて時計の販売を始める。

当時は精工舎(現:セイコー)も創業していない時代、そこに目をつけたのは光次郎の先見の明があったからではないだろうか。

昭和初期になって新光時計店と店名を変え、現在は、四代目:松浦 敬一が中心となって、『100%修理』を目標に掲げて対応しているとのこと。

HPを見る限り、お店の方も年代を感じさせる風貌で、訪れてディスプレイを見るだけでも楽しめそうだ。

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新光時計店 時計の修理代は?

彼のもとには国内はもちろん、海外からも続々と修理依頼がくる。

その数は、年間400を超えるといわれる。

時計が大量生産されるようになり、100円均一ショップでも時計が買える時代である。

「修理するより、買った方が安い」

ケースも増え、修理の需要は減少、と同時に修理職人も減ってきている。

それでも大切な時計をどうしても直したい人もいるわけで、そういう人にとっては新光時計店が最後の綱だ。

では、気になる修理代はいくらであろう。

いろいろ調べてみると、おおまかな金額が書かれているサイトを見つけた。

新光時計店へは、全国から大切にしている時計の修理依頼と手紙が届く。
修理代金は、新品の10%ほど。しかし、直らなければ代金は不要。

引用:http://www.2912103.co.jp/nakasu/00/200911250000.html

決して儲かる仕事ではない。

だが、松浦市氏とっては

「お金よりも修理できるかどうか?修理できた時の感動がたまらない」

そうだ。

まとめ

時計とは不思議なものである。

今やソーラーエネルギーを使って半永久的に動く時計があったり、

標準時とぴったり同じ時刻を示す電波時計がある。

それだけ精巧な時計があるにもかかわらず、昔の時計を大事に使う人も多い。

人生を共に生きていくたった一つのものが時計だったりするのではないか。

僕の持っている時計は僕が生まれた時に作られた手巻き式の腕時計。

いつか松浦氏にオーバーホールをお願いしてみたい。