今度の情熱大陸は、パリに出店してわずか一年でミシュラン一つ星を獲得する快挙を成し遂げた吉武広樹を取り上げる。

星1つとはいえ、ミシュランガイドでもらうのは大変なことなことだという。

わずか一年でなぜ彼の店はミシュランに認められるようになったのか調べてみた。

出典

スポンサーリンク




吉武広樹プロフィール

佐賀県出身。

福岡にある中村調理学校を卒業。

料理の鉄人でお馴染みの坂井宏行氏に師事した後、世界の料理を学ぶために調理器具をバックに詰め、アジア、中東、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカと40カ国を訪れた。

2009年に渡仏し、三つ星レストラン「アストランス」で修業。

シンガポールで開催されたイベントに出場したことをきっかけに、10年にはシンガポールに「Hiroki88」を開く。

11年8月 高校の同級生であった奈那さんと結婚。

出典

10年11月「Sola」(共同出資)をオープン、シェフとして活躍。

12年 ミシュランより1つ星を獲得。

14年 REDU-35のグランプリである、「レッドエッグ」受賞を受賞

 

ミシュランで星を獲得するには?

ミシュランガイドの星は、覆面審査員による審査で一つから三つの星に格付けされる。

この本に掲載される事は料理人にとっては非常に名誉ある事だ。

審査の基準は次の5つ。

(1)素材の質

(2)調理技術の高さと味付けの完成度

(3)独創性

(4)コストパフォーマンス

(5)常に安定した料理全体の一貫性

また、料理のカテゴリーやお店の雰囲気ではなく、あくまで皿の上に盛られたもの、つまり料理そのもののみの評価だという。

店の名前や、経営状態ではなく、料理人の腕そのものが問われるのである。

そう考えると、日本のグルメ本って評価の仕方は正しいのか?ってふと疑問に思う。

 

吉武広樹が成功した理由とは

日本でそのままやっていても、おそらく成功したであろうが、彼のすごいところはそれを全て投げ捨てて、海外に渡ったということ。

しかもフランスへ直接渡ったのではなく、てアジア、シリア、ヨルダン、レバノンなど中東諸国、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカと40カ国を周って、最後に行き着いたのがフランスなのである。

若さというのはそれだけで素晴らしい。

今の若者は海外に行きたがらないという話をよく聞くが、やはりこうした若者がいるということは心強い。

ここ最近の日本の若者は「井の中の蛙」があまりにも増殖していないだろうか。

 

吉武広樹の今後の夢とは

吉武はフランスにとどまるつもりは一切無いようだ。

世界に出て、自分たちの料理を作り、現地の方々に食べてもらいたいと願っているようだ。

そしてさらにそんな彼の夢は、 田舎に帰って、近くで採れる野菜などを食材にした料理を作って、子供や奥さんなど家族と、また農家など地域の人と一緒にやる店を開くということだという。

 

それがぜひ日本であってほしいと願う。

うちの家の近くにいい物件がありますが…