今度のガイアの夜明けのテーマは「それでも働き続けたい… ~認知症と仕事…両立できる新時代~」

これから迎える超高齢化社会の日本に取っては避けては通れないテーマである。

今回番組で取り上げられる人物は富田秀信さん。

妻が若年性認知症となり、仕事と介護を19年間、両立させてきたという。

詳しく調べてみることにした。

写真・図版

出典

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富田秀信氏プロフィール

職業:国際ツーリストビューロー勤務

日本ベトナム友好協会京都府連合会の事務局を担当している。

 

富田さんの介護が始まったのは96年春。

妻の千代野さん(当時49歳)が突然に不整脈による心臓発作で倒れ、なんとか一命をとりとめたものの、記憶の大半を喪失したことから始まる。

重度の脳障害が残り、リハビリのために4つの病院を転々としましたが、その後、後天性の若年認知症患者である千代野さんを入院させ得る病院・施設が見つからなかったという。

介護という名前は、それこそ今は一般的に使われるようになってきたが、今から20年近くも前というと、一部の会社は理解を示していたと思われるが、おそらくそうでない会社も多かったに違いない。

年齢と病状だけの理由で、どんな制度にものらず、「福祉の谷間に落ち込んだ気持ち」だったという。

育ち盛りの3人の子どもを抱え、借金をしながらも、友人や地域のボランティアに支えられて2年半の在宅介護、仕事、家事の日々。

そして2000年からは、スタートした介護保険の特定疾病適用(若年期認知症)を受け、ようやく公的支援を得られるようになった。

残業できないため、仕事は当然早朝出勤。

5時過ぎには家を出て、会社のカギを開けるのが7時。

そして介護サービスを受けてきた千代野さんを夕方5時過ぎに自宅で迎える生活が続く。

だが、残業せざるをえないときもあり、その月の支払い保険料は、通常の3万7千円が20万円に膨れ上がったこともあったという。

富田氏は言う。

「妻が認知症になった場合、自営業は別として、夫や家族は高い確率で勤め先をやめている。いつでも、だれにでも起こり得る障害と介護の現実。行政は、家族が働き続けられる環境をつくってほしい」

最近は、元気な千代野さんが徘徊をはじめるという新たな心配が起こっているようだ。

富田氏の奮闘は続いている。

この一連の体験は富田氏の著書にまとめられている。

ぜひ、こうした問題を抱えている人には手にとってもらいたい。

子どもになった母さん 仕事と妻の介護は綱わたり

子どもになった母さん―仕事と妻の介護は綱わたり

まとめ

超高齢化社会へ進んでいるのは間違いない。

だからこそ今、何かをしなければならない。

親二人を子供一人が支えていかねばならない時代。

智恵が必要だ。