今度のカンブリア宮殿では東京すしアカデミー校長の福江 誠氏が登場する。

2020年の東京オリンピックを控え、今後増えるであろう外国人観光客の多くが食べたいと思っているであろう「寿司」。

その寿司の素晴らしさを知ってもらうために開いた「寿司の学校」。

一体どのような人物であるのか調べてみた。

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福江 誠(ふくえ・まこと)プロフィール

東京すしアカデミー校長
1967年、富山県小矢部市に生まれる。
金沢大学法学部卒業後、株式会社TKCに勤務。
1995年、寿司業界の経営指導の草分け的な経営コンサルタント渡辺英幸先生のもとに弟子入り。

5年間のコンサルタントとしての勤務を経て、2000年1月個人コンサルタント事務所を設立。

東京の超繁盛店「梅ヶ丘寿司の美登利」「神田江戸っ子寿司」をはじめ数々の寿司店の経営指導にあたる。

2002年6月、日本で初となる寿司専門スクール「東京すしアカデミー」を設立し、校長に就任。

 

福江誠氏の「東京すしアカデミー」とは

東京・西新宿にある寿司職人養成スクール「東京すしアカデミー」。

日本の伝統の食文化である寿司の技術を習得して、海外就職や海外起業を目指す方の支援も行っている。

趣味のレベルから本格的な技術取得まで、寿司の技術なら東京すしアカデミーで習得そうだ。

寿司シェフコース(1年制)やディプロマコース(2ヶ月)などプロ育成コースの卒業生は開校以来1000名を超え、その多くは世界50カ国以上の国々で日本料理レストランの経営者や料理長として活躍しているという。

写真を見る限り、国籍、老若男女を問わず、いろいろな学生がいるようだ。

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福江誠氏が東京すしアカデミーを開いた理由

福江氏が東京すしアカデミーを設立する以前には、寿司職人になるためには十代といった若い時期に寿司店に弟子入りするのが一般的だった。

技術は教えてもらうのではなく、見て覚えろ、といった風潮が強かった時代である。

そのため、転職して寿司職人になりたいと思ってもなることができない世界だったのだ。

だが、バブル崩壊後時代は変わる。

個人経営の寿司店がどんどん潰れはじめ、寿司職人を目指す人が減っていったのである。

ちょうど福江氏は寿司店専門の経営コンサルタントとして全国の寿司店と仕事をしている頃。

寿司文化の喪失に危機感を覚えたという。

そして福江氏は、当時はやり始めていた回転寿司とは一線を引き、職人と客がマンツーマンで接する個人の寿司店の良さを世間に広めることを決意する。

目をつけたのが、当時ニューヨークやロスアンゼルスなどを中心にアメリカで沸き起こっていた寿司ブームだった。

「技術さえあれば、世界中、どこだって寿司で活躍することができる」

と確信した福江氏は東京すしアカデミーを設立。

トップクラスの寿司職人を講師に迎え、生徒募集を開始した。

 

福江誠氏の掟破りの授業

ここで福江氏は掟破りの授業を展開する。

なんと、まず握りの技術を教えることにしたのだ。

それまでの修行といえば、皿洗いから仕込み、接客、飯炊きといった様々な修行を長年にわたり積んだ後、最後にやっと板場に立って寿司を握らせてもらえる、というのが一般的な職人養成の過程だった。

当然、寿司職人の中からも異議を唱えるものも出たらしい。

何年もかかって習得した技術である。

それを素人同然の人間にすぐに教えることに対して抵抗があるのも無理は無い。

だが、福江氏は

「握りの技術さえあれば、すぐに結果が出せる。他の技術は実践を交えながら身につけていけばいい。」

と自身の考えを貫いた。

その結果、2002年6月の開校以来、東京すしアカデミーは1,500人を超える寿司職人を、国内、そして世界中へと輩出してきたのである。

今では30、40代で他の業界から転職したり、リストラされたりして寿司職人を目指す人も多く、60歳前後で定年退職後に寿司職人にチャレンジする人もいるという。

 

まとめ

福江誠氏の行ってきたことは確かに昔からの寿司職人からしてみれば邪道と言われてもしかたがないかもしれない。

だが、ここまで寿司がグローバル化した現在、寿司はすでに日本人だけのものではなくなった。

世界中の人々に寿司を楽しんでもらいたいという福江氏の願いは今後も広がっていくに違いない。

でも

外国の人がマグロ食べ過ぎて、

マグロが規制される

というのは個人的にはいただけないんだが。