今度放映されるかぞくムービーAWARD2015で「夢は牛のお医者さん」で有名になった少女、高橋知美(結婚後・丸山知美)さんが取り上げられるという。

テレビ新潟が、「牛のお医者さん」になることが夢だという小学校3年生だった知美さんを1987年から27年間をずっと撮り続けてきたドキュメンタリー。

親しんだ牛とのつらい別れ、家族の支え、難関合格、そして、夢の獣医へなるまでの記録は昨年映画化され、話題となった。

一体どのような人物であるのか調べてみた。

出典

スポンサーリンク




高橋知美(現・丸山知美)プロフィール

昭和53年 新潟県松代町莇平地区生まれ

三姉妹長女

平成15年 岩手大学卒業

上越農業共済組合 上越家畜診療所(新潟県上越市)勤務

平成20年 結婚

現在 二児(男の子)の母

 

高橋知美さんが出演した映画「夢は牛のお医者さん」ストーリー

出典

1987年、新潟県の9人しか児童のいない小学校に3頭の小牛が入学したことをきっかけに牛の世話を始める。

彼女が担当したのは「足が長くて色男(ハンサム)だという強子(つよし)。

牛のシッポをつかむと蹴られる危険があるが、知美さんはよくシッポをつかんで散歩していたという。

出典

彼女の仕事はミルクをやったり,ふんを片づけたり,エサにするための草を刈ったりすること。

大変な仕事だったが、それでも一緒に遊んだり、昼寝をしたりしてとても楽しい毎日だった。

だが、彼女たちの別れはすでに決まっていた。

半年後の11月には市場に売りに行くことが最初から約束されていたのである。

市場に出荷される前日、牛の卒業式が開かれた。

1頭1頭にそれぞれ卒業証書が読み上げられた。

出典

この時の様子を、後にドキュメンタリー映画を監督した時田美昭氏はこう言った。

「そして迎えた「牛の卒業式」・・。これまで生きてきて、あんなに綺麗な涙を見たことがありません。」

 

この頃から知美さんは何となく「獣医さんになりたいなぁ」と思うようになっていた.

 

その後、獣医学部を目指すために親元を離れ、下宿生活を行いながら高校へ通学。

だが、高校入学直後の成績順位が最下位近くだったことにショックを受け、「3年間テレビを見ない」と誓って猛勉強。

高校卒業間際には学年トップ15に入るほど成績を上げた。

進学先は岩手大学獣医学部。

偏差値68という難関校である。

そして見事国家試験に合格、大学卒業後は新潟県上越市にある家畜診療所に勤務。

その頃書いたと思われる手記がこちら。

夢は牛のお医者さん

そして現在母親となった知美さんをおったドキュメンタリー作品である。

 

当初は、28年前にローカルニュースの企画として放送されただけだったのだが、「ズームイン!!朝!」で歴代のキャスターが度々取り上げ、さらに2003年にはNNNドキュメントでも全国放送され、放送の度に大きな反響が寄せられ、映画化となった。

 

まとめ

たった一人の人間、しかも無名の人間を30年間近く撮り続けるということは、もはや奇跡と言ってもいいかもしれない。

おそらく、今後こうしたドキュメンタリー作品というのは目にすることがないのではないだろうか。

番組では、母親となった知美さんが、新たな生命とどう向き合っているのか見てみたいと思う。